校名の由来 / 校章

校名の由来

「香蘭女学校」「St. Hilda’s School 」の校名の由来

『孔子家語』六本 「芝蘭の交わり」
与善人居 如入芝蘭之室 久而不聞其香 即与之化

香蘭女学校の「香蘭」は、『孔子家語』六本の「芝蘭の交わり」の節が由来と伝わっています。芝蘭とは、霊芝と蕑(ふじばかま)(蘭)のことであり、めでたい草とかおりの良い草を意味しますが、すぐれたものや人の喩えにもされます。これは、芳香の漂う芝蘭を飾る部屋に入ると、いつの間にかその良い香りが染みつくのと同じように、校名には、よい人とともに過ごすことで良い影響を受け、その立ち振る舞いや価値観などを香りが立つごとくその身にまとって欲しい、という願いが込められています。

また、香蘭女学校の欧名St. Hilda’s Schoolは、守護聖人聖ヒルダの名に因んでつけられたものです。11月17日を聖ヒルダの日と定めています。そして、ヒルダ祭、ヒルダ賞、聖ヒルダ記念館など、学校の大切な行事や建物の名称には聖ヒルダの名を冠し、香蘭女学校を聖ヒルダの名に恥じない良き学びと交わりの場となることを常に願っています。
校名
欧名St. Hilda’s School

守護聖人 聖ヒルダ

聖ヒルダは614年にノーサンブリアで生まれました。英国が統一される前の七王国時代で、その独立した7つの王国の一番北がノーサンブリアでした。父を早くに亡くしたヒルダは、幼少時代をエドウィン王の宮廷で暮らし、やがてノーサンブリア人として初の主教・ポーリナスの導きにより、エドウィン王と共に洗礼を受けました。627年、ヒルダ13歳の時でした。680年11月17日にその生涯を閉じるまでの後半33年間は、神への忠誠を誓って修道生活を送りました。ハートルプールの修道院長、そしてカルカリアの修道院で指導的立場に立ち、正義・献身・純潔・平和・博愛の精神を守り、自ら進んで規範を示し他の修道女たちを教え導きました。その後ウィットビーに男女の修道院を創設する任務を引き受け、その両方の修道院長として神に仕える務めに献身し、周囲から「マザー」と呼ばれ敬愛されました。晩年の6年間は難病にかかり高熱に襲われましたが、ヒルダは病気に対しても感謝をもって耐えました。そしてその間も委ねられた人々を教えることを欠かさず、ついに天に召される日、修道院の人々の集まる中で静かに語り、主の平安を祈り、喜びのうちに死を迎えました。

聖ヒルダ_縮小

校章

香蘭女学校の校章は、「香」を中心に「蘭」の花をあしらったデザインです。明治時代に校章が制定され、当時の校旗が写った写真にその校章を見ることができますが、太平洋戦争中に学校が全焼した際に校旗も焼失してしまいました。戦後になって以前の校章の記憶を頼りに、美術科教員の広澤隆太氏(故人)が改めてデザインし直し、新しい校旗を制作、現在の校章が完成しました。

現在の校章

現在の校章

校章(昭和30年頃)

校章(昭和30年頃)

校章(昭和16年頃)

校章(昭和16年頃)

校章(大正8年頃)

校章(大正8年頃)

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