チャプレンメッセージMessage from the Chaplain

2026年2月01日掲載

キリストに倣(なら)った聖パウロ三木(記念日:2月6日)
「友のために命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」ヨハネによる福音書15章13節

1418年にトマス・ケンピスによって書かれた「キリストに倣(なら)いて」という本は、聖書に次いで世界で広く読まれている本として知られています。クリスチャンとして霊的にどう生きるべきかを説くこの本は、600年もの間、世界各国で出版され続け、今日もベストセラーとしての地位を保っています。

クリスチャンとして、イエス・キリストに倣って生きることは、最も崇高な賛美の表現方法だとされています。しかし、それが強調されるあまり、約2000年の間に多くに人がその証(あかし)として、自らの命を捧げました。

イエスに倣うとはどういう意味でしょうか。アッシジの聖フランチェスコにとっては、持てるものをすべて捨て去ることでした。アビラの聖テレサにとっては、祈りを通して神様と深く語り合うことでした。マザーテレサにとっては、最も貧しい者のために仕えることでした。パウロ三木にとっては、自らの十字架の処刑場へと行進し、処刑する側の人々を許すことでした。

パウロ三木は1562年に裕福な家庭に生まれました。ちょうど、フランシスコ・ザビエルら宣教師によって日本にキリスト教がもたらされた頃です。パウロ三木は、若くしてイエズス会に加わり、すぐに神学に対する深い理解力とそれに基づいた説教で頭角を現しました。

やがて、キリスト教徒は迫害の対象となり、パウロ三木は25人のキリスト教徒と共に京都から長崎まで、死の行進を命じられたのです。彼らは行く先々で罵声を浴びせられましたが、パウロ三木は行進の間ずっと、聖歌を歌い続けていたということです。

長崎に着き、26人は全員処刑されました。パウロ三木はイエスと同じように槍(やり)で貫かれ、十字架に磔(はりつけ)になりました。そんな状況でも、彼は最後の説教をし、処刑した側の人を許し、「幸せをイエスに願いなさい」とまで説いたのです。

聖パウロ三木は極端な例です。しかし、私達はそれぞれ置かれた状況で、イエスに倣うことを求められています。今度、人に理不尽な目に遭わされたら、一つ深呼吸をし、許すよう頑張ってみてください。何度も挑戦しないと、なかなかできるようにはならないでしょう。毎日、もっとイエスに近づけるよう、イエスに倣えるよう願い求めましょう。

香蘭女学校チャプレン
マーク・ウィリアム・シュタール