チャプレンメッセージMessage from the Chaplain

2020年06月05日掲載

伝染病の時代を生きる


ローマ・カトリック教会が、宣教のために託された権威(マタイ16:18、19)に基づいて第1代目の教皇だと認識しているペトロという人がいました。使徒聖ペトロは結婚していてコンコルディア(Concordia)という妻もいましたが、教会に受け継がれている伝説によりますと彼女はペトロと共に宣教のために歩き回り、最終的には夫婦揃って殉教したそうです。ところが、聖書には彼の妻ではなく姑に関する短い一話が記されています。マタイ福音書8章14と15節に“イエスがペトロの家に行き、その姑が熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。イエスがその手に触れられると、熱が去り、姑は起き上がってイエスをもてなした。”とあります。この短い癒し物語は、21世紀の伝染病の時代を生きている私たちにとって、かなり象徴的な意味をもたらしています。それに関して分かち合いたいのですが、先ず13世紀のベルシアの詩人ルーミー(Rumi、1207-1273)の詩を一つご紹介したいと思います。今の時代に最も人気のある詩人の一人であるルーミーは、イスラム教の神学者として神秘に包まれる沢山の詩を残しましたが、その一つ「ゲストハウス(The Guest House)」という詩です。

“人間であることは、ゲストハウスであること。毎朝、新しい客が到着する。喜び、憂鬱、意地悪な気持ち、その時々の気づきが、思いがけない客としてやってくる。それら全てを歓迎しもてなしをしなさい。たとえそれが悲しみの集団で、荒々しく家中の家具を持ち去って空っぽにしてしまったとしても、どの客にも敬意を持って接しよう。それは新たな喜びを迎え入れるために、あなたを空っぽにしてくれているのかもしれない。暗い気持ち、恥ずかしさ、悪意も、玄関で笑いながら出迎えて招き入れよう。訪れるもの全てに感謝しよう。なぜなら、どれもがはるか彼方から、あなたの人生のガイドとして送られてきたものなのだから。

” この詩は、思いかけない訪問者らがやって来て、自己存在を内面から荒らすことがあるとしても、それらを歓迎するようにとお勧めしています。なぜなら、その訪問者らは私たちに新しい気づきを与え、真理へと導くために送られたガイドであるからだそうです。私は突然やってきて世界の日常を一変させた新型コロナウイルス(COVID-19)も、そういう訪問者の一つとして受け止めることができると思います。もちろんコロナウイルスは神様から送られたものであるよりは、人間の欲による自然破壊や生態系の秩序の乱れから発生したものであります。ところが、私たちはそれを通して聞こえてくる、今の人類に向けられた神様のメッセージを得ることは出来ます。そういった意味で、コロナウイルスのことを、人類をより良い未来へとガイドするものとして看做し、今までの歩みを省み、これからの新しい生き方を模索するきっかけとして活かすことが求められます。

世界中には理に適わない不条理的なことが日常茶飯事として起こります。個人における悲しみや苦難を始め、事故、災害、差別、飢餓、戦争などが絶えません。それらのほとんどは神様からであるよりは、むしろ人間の営みの結果だと言えます。神様はこれらの出来事に直接干渉することはありませんが、私たちに向けられたメッセージを絶えず送ってくださいます。それゆえ、起こってしまった出来事に溺れるのではなく、それに潜んでいるメッセージを探り出して、それぞれの生活の場で実践出来ると、失われた日常は以前より良いものとして回復されます。熱で寝込んでいたペトロの姑が癒されてから人々をもてなしたように、取り戻した日常は形としては同じ日常ですが、内容としては以前より進化した日常に変わるわけです。新型コロナウイルスのためいろいろ大変だと思いますが、そのような日常の中に潜んでいる、一人ひとりに送られた神様のメッセージが見つかりますように、すでに見つけた人は実践することが出来ますように、お祈りいたします。


香蘭女学校チャプレン  成 成鍾